新型コロナウイルスの感染拡大防止のため自粛が続いており、家に引きこもりがちな今日この頃。
なんて思いつつ、今日もピアニスト紹介を。
エミール・ギレリスというピアニストをご存知でしょうか?
彼もどちらかというと日本ではあまり馴染みの無い名前かもしれませんが、リヒテルと同世代のロシアの偉大なピアニストの一人です。
彼のキャリアを追ってみると、リヒテル以外にも、ルービンシュタイン、ラフマニノフ、プロコフィエフなど、名だたるメンバーがずらり。
そんなエミール・ギレリスの経歴・特徴・おすすめ演奏動画・おすすめCDについて見ていくことにいたしましょう。
目次
エミール・ギレリスの経歴
生い立ち
エミール・ギレリスは1916年10月19日、ウクライナのオデッサという街で音楽家として活動するユダヤ人の両親のもとに生まれました。
ちなみに妹のエリザヴェータさんも後にヴァイオリニストとなります。
ピアノを始めたのは6歳の時。地元のヤコブ・タッカというピアノ教師から指導を受けます。この頃からすでに絶対音感の持ち主であったのだとか。
13歳の時には演奏会デビューを果たしています。
1930年にはオデッサ音楽院へと入学し、ベルタ・レイングバルドに師事し、彼の元で17歳にして全ソ連ピアノコンクールで優勝を果たします。
このレイングバルドという人物、音楽以外にも歴史や文学にも造詣が深い人物で、ギレリスにも少なからず影響を与えました。
名門モスクワ音楽院へ
1935年にはオデッサ音楽院を卒業し、モスクワ音楽院へと進みます。ここではゲンリフ・ネイガウスの教えを受けます。
このモスクワ音楽院でライバルとなった同級生こそがリヒテルだったのですね。
リヒテルとネイガウスは必ずしもうまくいっていた訳ではないものの、同じ門下として二人の間を取り持つ役割も果たしていたのだとか。
1936年には「ウィーン音楽院国際ピアノコンクール」にて第2位を受賞します。
さらにその2年後には世界3大ピアノコンクールの一つとして知られるエリザベート王妃国際ピアノコンクールにも参加し、見事優勝を果たします。
戦火の訪れ
国際コンクールでの実績も得たギレリスでしたが、そこからの演奏活動が順風満帆だったかというと、そうもいきませんでした。
エリザベートでの活躍から間も無いうちに第2次世界大戦が始まってしまったのです。ギレリスは屋外にてリサイタルを行うことによりソ連軍の兵士の士気を高めるなどしていました。
一方でニューヨークで行われた万博にてリサイタルを行う予定だったのが中止になったり、ということもあったようです。
戦後
戦後はギレリスはソ連から国際的な演奏活動を行うことを許可された数少ない演奏家です。
あのソコロフでさえなかなかソ連外での演奏を認めてもらえていなかったのですから、そう考えると、国からの信頼がいかに厚かったのかが伺えます。
かの有名なチェリストであるロストロポーヴィチや、ヴァイオリニスト出会った姉のエリザヴェータとも共演しています。
さらに1952年にはモスクワ音楽院の教授の地位を与えられます。有名どころだと、ヴァレリー・アファナシエフが彼の弟子だったりします。
1958年にはチャイコフスキー国際音楽コンクールピアノ部門の審査員長も務めています。他の審査員の中にはリヒテルの名も。
この時の優勝者があのヴァン・クライバーンだったりします。
ちょっと話が逸れますが、クライバーンはアメリカ人にも関わらず、思いっきりソ連ホームの国際コンクールで優勝したことにより、米国では英雄視されることとなります。
審査員達も「アメリカ人に優勝させて良いのか?」とかのフルシチョフにわざわざ確認をとったのだとか。そして、フルシチョフは「彼が一番なら良いじゃないか。」と答えたとのこと。
そんな訳でアメリカでは一躍時の人となり、彼の功績を称えるための設立されたのが、おなじみヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールなのです。
その後もギレリスはロシア音楽界の重鎮として、チャイコフスキー国際音楽コンクールの審査員長を長きに渡って務めました。
ピアニストとしても、名だたる交響楽団と数多く共演を重ねるなど、名実ともに世界最高峰のピアニストの一人として名を馳せることとなります。
しかし1981年、アムステルダムのリサイタルが終わった直後、心臓発作に倒れます。
なんとか一命は取り留めたものの、その後体調は上向くことはありませんでした。そして1985年10月14日、ソ連の重鎮はついに他界。68歳でした。
この死についてはリヒテルが「医療事故だったんだ!」と言っていたとのことですが、その一方で、それを真っ向から否定する人も。
ソ連ということもあって、実際何が本当なのかわからないままです。
エミール・ギレリスの特徴
名だたる音楽家とのコネが多いエミール・ギレリスの特徴についてさらに掘り下げてみましょう。
交友関係
ラフマニノフ
先述の通り、アメリカまで行ったものの万博の演奏会に参加することは敵わなかったギレリスですが、実は収穫が何もなかった訳ではありません。
それはラフマニノフとの出会いです。言わずもがな、同じソ連出身のピアニストであり、偉大な作曲家ですね。
ラフマニノフはかねてより噂を聞いていたギレリスの演奏を聞いて大絶賛。自らの後継者として認めます。
そして、かつて自らがルービンシュタインから認められたおりに授けられた勲章とギレリスの名を書き加えた卒業証書を授与したそうです。
ギレリスは生涯にわたってそれらを大切にしていたのだそうです。
プロコフィエフ
プロコフィエフもまた、ギレリスの親友の一人。ラフマニノフ同様、ピアニスト兼作曲家として活躍していた音楽家です。ラフマニノフよりさらにモダンな作風で知られています。
ギレリスはそんなプロコフィエフからピアノソナタ第8番「戦争ソナタ」の初演を任されています。ちなみにリヒテルはピアノソナタ7番の初演を担当。
リヒテルとギレリスはいかに偉大なピアニストであったかが伺えるエピソードですね。
ルービンシュタイン
ルービンシュタインといえば、ショパンの演奏で最も有名なピアニストの一人。
たまたまルービンシュタインがオデッサ音楽院に訪れたのをきっかけにギレリスとは深い絆で結ばれることとなります。
お互いのコンサートに駆けつけることもあるなど、とても仲が良かったのだそうです。演奏スタイルはそんなに似ていない気がするのに不思議。
演奏スタイル
エミール・ギレリスのピアノは硬質なタッチにと完璧なテクニックが特徴的で、「鋼鉄のピアニスト」の異名をとります。
かと言って荒々しい演奏という訳でもなく、むしろノーブルな気品さえ感じさせます。
ただ、晩年は演奏スタイルが少しずつ変化していったのも事実で、かつてのパワフルな演奏からより叙情的な表現などに思いきを置くようになっていきました。
レパートリー
ギレリスは特に時代をバロック・古典・ロマン・近現代など幅広い曲を演奏していました。
中でもベートーヴェンに関しては本人も特別な思い入れがあったようで、その男性的な演奏から「ミスター・ベートーヴェン」と呼ばれています。
晩年にはピアノソナタ全集も録音中でしたが、惜しくも完成には至らず。
協奏曲に関しては第5番までの全てをジョージ・セルとのタッグにて録音しています。現在でも名盤の一つとされています。
エミール・ギレリスのおすすめ演奏動画
エミール・ギレリスの演奏動画についてみていくことにしましょう。
ピアノソナタ28番(ベートーヴェン)
こちらベートーヴェンの後期ソナタの一つ。どちらかというとマイナーなのかもしれませんが、ロマンの香りも漂う素敵な作品。
物凄い集中力で手元を見ていますね。変に自己陶酔に浸ることもなく、一つ一つの音を大切に弾こうという意識の現れでしょう。
ダイナミクスの幅が非常に広いのも特徴的ですね。かといって乱暴なffだったり、かすれそうなppにはならないのが流石。
ピアノソナタ第3番(ショパン)
ショパンのピアノソナタの中でも最高傑作と言われるこちらの作品。
1楽章の穏やかな部分の絶妙な歌い回しや内声の処理、4楽章のクライマックスの盛り上げ方がかなり特徴的で引き込まれます。
技術面では彼のベストではないのかもしれませんが。それでも流石。
エミール・ギレリスのおすすめCD
エミール・ギレリスのおすすめCDについてご紹介していくことにしましょう。
ピアノソナタ21番&23番&26番
ベートーヴェンの中期ソナタの傑作を収録したのがこちらのアルバム。
いずれのソナタにしても、「鋼鉄のタッチ」とは如何なるものなのか、感じることができるものとなっているのではないでしょうか。
無理に個性的な主張をすることなく、力強いタッチで王道を駆け抜けていく「ミスター・ベートーヴェン」らしい、堂々とした演奏です。
タッチがくっきりしている分、「殺されているような音」がなく、ベートーヴェンの構築力というのもより深みを持って現れてくる印象。
ブラームス ピアノ協奏曲第1番&第2番
ブラームスのピアノ協奏曲はいずれも幾多あるピアノ協奏曲でも屈指の重厚さを誇ります。単純に音が多いので難曲としても有名。
これはギレリスの重々しいタッチ&テクニックと最高の相性の協奏曲と言って間違いないでしょう。
ただ謙虚なギレリスだけあって、決して自己主張が激しい演奏とはなりません。音は響くのですが、それと同時にオケに上手に溶け込んでいるのは流石。
グリモーなど他にも名演は知られていますが、ギレリスのこの演奏も間違えなく名盤の一つに数えられます。
おわりに

さて、今回は「鋼鉄のピアニスト」エミール・ギレリスについてご紹介してきましたがいかがでしたでしょうか。
日本だと個性派ピアニストのリヒテルの方が名前を知られていますが、ギレリスは彼に少しも劣らぬクラシック音楽界のレジェンドであることは間違いありません。
本人は「リヒテルには遠く及ばない」と自らを評していたそうですが。謙虚ですね。
この記事を執筆している2020年はちょうどベートーヴェン・イヤー。「ミスター・ベートーヴェン」の称号を持つギレリスにもぜひ注目しつつ、楽しんでみてはいかがでしょう。
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