さて、今回も前回に引き続き女性ピアニストをご紹介することにいたしましょう。
今回の主人公は、エレーヌ・グリモー。
ユジャ・ワンやマルタ・アルゲリッチと共に現代のクラシック音楽界を牽引する女流ピアニストの一人です。
そんな彼女ですが、ただのピアニストではありません。オオカミの保護活動・研究を行ったり、はたまた文筆家としてもその才能を遺憾無く発揮したり……。
そのマルチな活躍ぶりから、まさに「才媛」という言葉がピッタリです。
彼女は一体どのようなキャリアを歩んできたのか、そして現在の活動に至るまでたっぷりとお伝えしていきます。
目次
エレーヌ・グリモーの経歴
生い立ち
エレーヌ・グリモーは1969年、フランスのエクサンプロヴァンスという都市で生まれました。この地域は学術・芸術都市として、プロヴァンス地方の観光名所ともなっているようです。
そんな都市で生まれ育ったからこそ、エレーヌ・グリモーは幼少期からその独特の感性を研ぎ澄ませていくことができたのかもしれません。
お父さんはユダヤ系の言語学者であったとのことです。エレーヌ・グリモーが動物生態学の研究者として活動しているのは、父の影響もあるのでしょう。
幼少期はあまりにも内向的であったため、周りの子と遊ぶということもほとんどなく、引きこもりがちだったようです。
また、ものが左右対称でないと恐怖感を覚えるという少し変わった拘りもあったようです。
リストカットもしていたとのことなので、相当精神的に追い込まれていたのでしょう。
そんな暗い子供時代を変えたのが7歳の時に始めたピアノでした。いくら練習しても完全には満たされない、という所に共感を覚え、夢中になったようです。
9歳で地元の音楽院に入学、13歳でパリ国立音楽大学に入学、と早くからその才覚を遺憾無く発揮していたことが伺えます。
パリ音楽院ではピアノだけでなく、室内楽の方にも力を入れていたようです。
とはいえパリ音楽院での生活というのも決して順調ではありませんでした。
幅広いジャンルの曲を弾かせる学校の方針が嫌になり、引きこもりがちだったそうです。親しい友達もいなかったそうです。
1984年にはわずか15歳にしてCDデビューを果たします。そのCDはディスク大賞も受賞したとのことで、かなり好評であったようです。
CDデビュー後は、あのダニエル・バレンボイム(ピアニスト兼指揮者)と共演してピアノ協奏曲のソリストを務めるなど、確実に評価を高めていきます。
現在
エレーヌ・グリモーは21歳以降はアメリカに拠点を移して活動しています。
2019年現在も、CD録音・演奏活動ともに精力的に行っているようです。
公式サイト・SNSでも彼女の最新情報をゲットすることができるので、ぜひこちらものぞいて見てはいかがでしょうか。
公式サイト: https://helenegrimaud.com/
Twitter: https://twitter.com/helenegrimaud
Instagram: https://www.instagram.com/helene.grimaud/?hl=ja
50歳も目前だというのに、その美貌は健在のようですね。
エレーヌ・グリモーの特徴
エレーヌ・グリモーのピアニストとしての活動について見ていくことにしましょう。
また冒頭でもお話ししましたが、エレーヌ・グリモーの活動は音楽に止まりません。
ピアニスト以外の活動についても見ていくことにしましょう。
レパートリー
エレーヌ・グリモーは本人曰く、ドイツの作曲家やロマン派の音楽がお好きなようです。
特に贔屓にしているがブラームスなんだそうで、「私とフィーリングが完全に一致している。」とのこと。
実際に彼女が出しているアルバムなどを見ると、バッハ・モーツァルト・ベートーヴェン・リスト・ショパン・ブラームス・ラフマニノフあたりの作曲家の作品はよく取り上げています。
グリモーはフランス人ながらも、母国の作曲家の作品にはあまり興味がないと語っていたこともあったようですが、最近ではドビュッシーやラヴェルの作品も録音しています。
他にもベルクやバルトークなどの近現代の作品も取り上げるようになっていて、ピアニストとしてのレパートリーの幅はかなり広いタイプであると言えそうです。
ひとくくりにクラシック音楽と言っても、時代によって求められる技術・表現方法にはとてつもなく大きな差があります。
幅広いジャンルを器用に弾き分けることができるあたりはさすがですね。
オオカミの保護活動・研究
エレーヌ・グリモーはアメリカでのコンサートツアーを機に、もうフランスへは戻らないと決心します。そして、直感的の赴くままにフロリダでの生活をスタートさせました。
そしてこのフロリダの地において、エレーヌ・グリモーはオオカミとの奇跡的な出会いを果たします。
当時、周囲から避けられていたベトナムの帰還兵がたまたまオオカミを引き連れていたのです。
そのオオカミはなんとグリモーの前で腹を見せて仰向けになったり、彼女の手に頭を擦り付けたりと、とても懐いてきたそうです。
オオカミというと凶暴なイメージがあるだけにこれはグリモーにとっても意外な反応でした。
そしてこの瞬間、彼女はオオカミに対して運命的とも言える絆を感じ取ったようです。
その後もグリモーはそのオオカミに会うために何度も男のもとを訪ねました。
さらに彼女のオオカミ愛は止まるところを知らず、動物行動学の勉強を始め、あらゆる狼についてのレクチャーを受講したり、専門家が狼の生態と行動を研究している保護区を訪ねたりしたそうです。
そして、エレーヌ・グリモーは、狼の行動学、研究そして自然復帰とだけを目的とする財団と公園を創設することを決意します。
ピアニストとしてのレパートリーの維持に努めつつ、コンサートで資金をためて、質素な生活を送りました。
そんな努力が実を結び、1999年、ついに「ニューヨーク・オオカミ保護センター」を設立します。
Wolf Conservation Centerhttps://nywolf.org/
こちらのリンクから、その詳細を知ることができます。
ピアニストとしての仕事もありながら、オオカミのためにここまで頑張ってしまうなんて、ひとえにオオカミへの「愛」があったからこそなのでしょう。
文筆家
エレーヌ・グリモーはエッセイストとしても活動していて、これまでに2冊の書籍を出版しています。
その2冊が、『野生のしらべ』と『幸せのレッスン』です。
『野生のしらべ』
先ほどご紹介した通り、グリモーを語る上で欠かすことのできない存在が「オオカミ」です。
以下、本書の帯文からの引用です。
ひとりの友だちもいず、校庭のすみにうずくまっていたあのころ、わたしの居場所はここではないどこか「よその場所」だった。自傷行為、強迫的整理癖、ひきこもり…。そうしてわたしは狼と出会い、いまここにいるべき理由を、見つけた。天才ピアニストの移ろいゆく精神の叫び。
周囲に溶け込むことができずに人生の絶望の縁に立たされていたエレーヌ・グリモーが、ピアノや本、自然、オオカミとの出会いを通してどのように自分の人生に価値を見出すことができたのか、詳細に綴られている本です。
今でこそ世界的ピアニストとして活躍している彼女ですが、決してその少女時代はいかに壮絶なものであったのかがヒシヒシと伝わってくる1冊です。
『幸せのレッスン』
こちらはピアニストとしてのグリモーに焦点が当てられた本です。「ピアニストとしての生き方のレッスン」といったところでしょうか。
以下、帯文からの引用です。
何かを伝えること、命を渡す人になること。信じること、愛すること、考えること、存在すること。そして、手を差し伸べること。世界中のファンを魅了するピアニストが贈る、新たな目覚めの物語。自分を見つめなおすための旅先で彼女が見出した生き方とは…
先ほどご紹介した通り、エレーヌ・グリモーはかなり早い時期から演奏活動を行なっていたピアニストです。
もともと内向的な性格なのもあって、次から次へと慣れない国へと趣いて大舞台で聴衆の目に晒される日々に対して相当なプレッシャーを感じていたようです。
そんな彼女はある時、気分転換も兼ねてヨーロッパ旅行へと出かけます。
行く先々で彼女は様々な人と出会い、人生について様々な発見をしていくのです。
自然や芸術、人との出会いを通して「自分の幸せとは一体何なのか?」ということを深く考えさせられる1冊です。
エレーヌ・グリモーのおすすめ演奏動画

ピアノ協奏曲第2番(ブラームス)
数あるピアノ協奏曲の中でも屈指の難曲として有名なのがこの曲です。演奏時間も50分越えと、他のピアノ協奏曲に比べて長いです。
しかしながら、驚異的な集中力でこの大曲を弾きこなしています。
思い入れのあるブラームスの曲ということもあって、一段と気合が入っているように感じられる演奏ですね。
音の絵 Op.33-2&1(ラフマニノフ)
ラフマニノフの作った練習曲集「音の絵」の初めの2曲です。
あえて、2番⇨1番の順に演奏しているところもエレーヌ・グリモーのセンスを感じるところです。
最初に静かながらも神秘的な雰囲気をまとった2番を演奏することで、1番の溌剌とした曲調もより際立っていますね。
ピアノソナタ第31番(ベートーヴェン)
ベートーヴェンの後期ソナタの1つであるこの曲。後のロマン派の時代の到来を予感させるムードを持っています。
2楽章の初め、聖歌のようなメロディーから始まる部分では何か口ずさんでいるようで、まさに「没入」している様子が伺えます。
ピアノソナタ3番(ブラームス)
ブラームスが残したピアノソナタの中でも最後を飾る作品で、作者自身もピアノソナタの一つの終着点にたどり着いたと語る力作です。
演奏時間も40分ほどかかる作品で、ピアノソナタ史上屈指の長大な作品です。
バスのオクターブも迫力があり、鬼気迫る雰囲気がよく出ています。
グリモーは決して演奏中に派手な動きをするタイプのピアニストではないものの、演奏している姿を見ると、「内なる炎」のようなものを感じさせられます。
エレーヌ・グリモーのおすすめCD

Perspectives
そんな方におすすめしたい1枚がこちら、 ”Perspectives” です。
見方、考え方といったようなニュアンスを持ったタイトルです。
このCDにはバッハを始め、ベートーヴェンやモーツァルト、ショパン、リスト、ブラームス、シューマン、ラフマニノフ、ドビュッシー、バルトークと実に多様な作曲家の作品が収められています。
様々な作曲家の作品を通し、ピアノという楽器の可能性について極限まで掘り下げるというコンセプトがあってこそ、このタイトルになったのではないでしょうか。
ただ注意点として、このアルバムは単一楽章しか収められていない楽曲がやや多めです。
全楽章通してのまとまりを持った作品を聴きたいという方はこの先でご紹介するアルバムも検討してみてはいかがでしょうか。
Chopin / Rachmaninov
こちらは2013年に発売されたアルバムで、タイトルの通りショパンとラフマニノフの曲のみで構成されたロマンティシズム溢れるアルバムとなっています。
特にラフマニノフのピアノソナタ2番はグリモーがデビューアルバムでも収録していた曲です。
デビューから30年弱の時を経ての録音だけあって、円熟味溢れる演奏です。
このラフマニノフのソナタは大変な難曲で、速く演奏することで技巧を見せつけるようなピアニストもよく見かけるのですが、グリモーの演奏はラフマニノフのロマンティックなメロディーもしっかりと聴かせてくれます。
また同時収録されているショパンの「舟唄」もグリモーの個性にものすごくマッチした選曲です。
ルバートのかけ方やテンポの揺らし方も絶妙で、さすがの演奏です。
Beethoven
こちらのアルバムにはベートーヴェンのピアノ協奏曲4番とピアノソナタ30番&31番が収録されています。
ピアニストとしての実力が試されるともよく言われる2つの後期ソナタはいずれも見事な仕上がりです。
後期ソナタはロマン派チックな部分も多く見受けられますが、グリモーのベートーヴェンは変に飾ることもなく、とにかく自然な歌い方です。
ピアノ協奏曲に関しては、とにかく音がクリアで本当に美しいです。
いかにも古典らしい音階もたくさん登場しますが、その一つ一つの音のバランスが非常に巧みにコントロールされているな、といった印象です。
終わりに

さて、今回はエレーヌ・グリモーについてご紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか。
幼少期から周囲に溶け込むことができずに絶望していたこともありましたが、結果的にはそのような経験が、様々な形で自己表現を行う現在に繋がることとなりました。
音楽にとどまらず、生きるとは何かを懸命に表現しようとしているエレーヌ・グリモーは、まさに「真の芸術家」なのではないでしょうか。
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