緊急事態宣言が解除されたとはいえども、依然として世の中の音楽家達にとっては厳しい状況が続いております。
最近ではこれを機にYouTubeに進出するような人もまた出てきて、必ずしも悪いニュースばかりではないですけれども。
ところで少し前、コロナの影響を受けて、今秋に開催が予定されていたショパン国際ピアノコンクールの延期が発表されました。
今回は2021年のショパン国際コンクールを堪能するために、前回大会の模様を振り返ってみることにします。
目次
日本人出場者たち
予備予選から日本人コンテスタント達の闘いを振り返っていくことにしましょう。
予備予選
予備予選に参加した日本人コンテスタントは全部で26名。
Nozomi Nakagiri(予選免除)
No.5 Miyako Arishima
No.22 Chisaki Doi
No.28 Madoka Fukami
No.29 Yasuko Furumi
No.33 Eriko Gomita
No.45 Takuya Kambara
No.46 Airi Katada
No.56 Yurika Kimura
No.58 Aimi Kobayashi
No.59 Kaito Kobayashi
No.61 Aika Kondo
No.78 Nagino Maruyama
No.83 Nao Mieno
No.90 Kotaro Nagano
No.91 Mayaka Nakagawa
No.92 Yui Nakamura
No.93 Fuyuko Nakamura
No.98 Mariko Nogami
No.100 Arisa Onoda
No.103 Misora Ozaki
No.112 Kiana Reid
No.115 Arisa Sakai
No.118 Motohiro Sato
No.127 Rina Sudo
No.131 Rikono Takeda
No.135 Kanade Tsurusawa
ちなみに、この年の予備予選は160名が参加し、本大会の切符をゲットできるのはシード権(※)の7枠を除いた73枠となっていました。倍率にして、2倍強ですね。
本大会出場者
世界最高峰のコンクールに挑んだコンテスタントは以下の12名でした。
有島京
小野田有紗
木村友梨香
小林愛実
須藤梨菜
竹田理琴乃
中川真耶加
中桐望
野上真梨子
古海行子
丸山凪乃
三重野奈緒
この中で中桐望さんに関しては2012年の浜松国際ピアノコンクールで第2位を受賞されていたためシード権が与えられ、本大会からの出場となりました。
ほぼ倍率通りと言えばそれまでなのですが、予備予選が終わって日本人コンテスタントの数も一気に絞られてしまいました。
丸山凪乃さんはなんと15歳での出場。この大会では最年少でした。
ちなみに予備予選で惜しくも姿を消してしまった尾崎未空さんは翌年、PTNAの特級グランプリを受賞することになります。
彼女のような実力者であっても本選へと進めないあたりにも、ショパコンの厳しさを感じます。
世界の舞台で活躍した新星たち
この大会では年齢制限の下限が15歳まで引き下げられました。それもあり、新星ピアニストの台頭も見逃せない大会となりました。
Natalie Schwamová
彼女はこの大会に16歳で出場したチェコ人ピアニストです。
例えばこちらのOp.10-1を見てみましょう。
世界が注目する舞台というのに、あどけない笑顔を浮かべて弾いております。なんという大物でしょうか。(実際、相当な実力者なんですけどね。)
これほど綺麗な手首の使い方でOp.10-1を弾いているピアニストは他に見たことがないかもしれません。
二次予選には進めなかったものの、当時ライブで見ていて衝撃を受けたピアニストの一人です。
そんな彼女、次のショパンコンクールにも出場するのかと思いきや、どうやらエントリーしていない模様。
YouTubeを見てみますと、こちらにご本人のチャンネルがあり、ショパン以外にもいろいろな作曲家の作品の演奏を聞くことができます。
https://www.youtube.com/user/prunsiana
チャンネル登録者数も3万人を超えるということで、やはりいまだに注目しているファンは多いということなのでしょうか。
Tiffany Poon
クラシックファンの皆さんであれば、彼女の名前を知っているという方も少なくないのではないでしょうか。
何を隠そうチャンネル登録者数20万人を超える、最大規模のピアニストYouTuberの一人です。
https://www.youtube.com/user/czrinasuen
アットホームな編集をされていて、見ていてほのぼのとした気持ちになれるチャンネルです。
彼女もこの大会に18歳で出場しています。
若干マイナーな部類の練習曲ですが、Op.10-11など、かなりの完成度だと思うのです。
残念ながら二次予選に進むことはできませんでしたが……。
こうして見ると、今の方がメイクもお洒落になっているなと感じますな。←
古海行子
今日本で最も有望なピアニストの一人であろう、古海さんもこの大会に出場したときはまだ16歳でした。
小柄な体格ですが、エネルギーに満ちた音を聴かせてくれるタイプのピアニストで、弱音のコントロールに関しても非常に精度の高いものを持っています。
一次予選の演奏はいずれも高い完成度で、次のステージに進むことは間違えないのではないかと個人的には思っていたのですが、残念ながら彼女も二次予選に進むことはありませんでした。
例えば、これほどキレッキレのOp.10-7はなかなかないと思うんですけどね。
そんな彼女は次のショパンコンクールの予備予選にエントリーしています。再挑戦するのですね。
- 高松国際ピアノコンクール 第1位
- PTNA特級2018 銅賞
- パデレフスキ国際ピアノコンクール 第3位
と確かな実績を残してきていますし、2021年大会では相当いいところまで行くのではと期待。
丸山凪乃
2015年大会の最年少出場者が丸山凪乃さんでした。
国内ではそれほど頻繁に名前を聞くわけではないのですが、それもそのはず。12歳からずっとパリで勉強を重ねられています。
かのダン・タイソンの指導も受けているそうですよ。
パリ国立高等音楽院に首席合格を果たすなど、まさにエリート。
かなり早い時期から海外にいたことも影響してなのか、Twitterでもなかなか自分の考えをはっきり述べるタイプであることが伺えます。
早くから国際コンクールの経験も豊富であったからか、ワルシャワの舞台でも堂々たる演奏を見せてくれました。
ファイナル
偉大なショパン弾きか偉大なピアニストか
2015年大会のファイナルは事実上、韓国のSeong-Jin-ChoとカナダのCharles RIchard Hamelinの一騎打ちとなり、ショパンコンクール史上に残る名勝負となりました。
Seong-Jin-Choは下馬評もかなり高く、大会前から優勝候補の筆頭であると言われていました。
2009年には15歳で浜松国際ピアノコンクール優勝、2011年のチャイコフスキー国際音楽コンクールではピアノ部門3位を獲得するなど、若くしてその名前を世界に知られる存在でした。
ショパンコンクールに挑戦する以前からすでに「偉大なピアニスト」としての階段を登りつつあったわけです。
一方のHamelinはというと、2014年にはモントリオール国際コンクール2位、ソウル国際コンクール3位と一応国際コンクールでの入賞経験はあったとはいえ、大会前はほぼ無名の存在。
イェール大学在学中は室内楽の勉強に明け暮れており、キャリア形成よりも自分の音楽を深めることに重きを置いていたようです。
しかし、いざ本大会が始まると、瞬く間にポーランドの耳の肥えた聴衆達を虜に。
その演奏はまさに「ピアノが歌っている」かのよう。そして時折ちょっと洒脱なスパイスを加えるのですが、その匙加減が絶妙でした。
その演奏スタイルがショパンの作品と抜群の相性の良さを生み出す形となりました。
Hamelinはこの大会への挑戦を経て「偉大なショパン弾き」の片鱗を示したわけです。
こうして、2015年大会は「偉大なピアニスト」vs「偉大なショパン弾き」の闘いとも言えるべき様相を呈することとなりました。
結果的にファイナルでは満点を多く獲得したのはHamelin、総合得点で上回ったのはSeong-Jin-Choとなり、Seong-Jin-Choが第1位の栄冠を手にする結果となりました。
豪華なファイナリスト達
Seong-Jin-ChoとHamelin以外のファイナリストも、今振り返ってみるとかなり豪華なメンバーが揃っていました。
第3位:Kate Liu
第3位に輝いたのはシンガポール生まれのアメリカ人ピアニスト、Kate Liuでした。なんとあのDang Thai Sonの弟子であります。
彼女の演奏スタイルは、いわば「完全な没入型」と言ったところでしょうか。
虚空を見つめながら音を紡ぎ出すその様子から、「異界との交信」「瞑想」といった形容をするメディアも。
カーティス音楽院で学んでいるということなので、Lang LangやYuja Wang、Claire Huangciの後輩にも当たります。
実は彼女、第一次予選ではOp.10-2であまりにも大きなミスをしてしまい、危うく姿を消してしまうところだったのですが、その余りある音楽性でカバーし、なんとか通過。
その後のステージでは安定した演奏を見せ、見事第3位に輝きました。幻想ポロネーズはもはや神演技。
カーティス音楽院というと、テクニシャンを輩出するというイメージが強いのですが、彼女の場合、「幻想」などの叙情的な表現に長けたタイプのピアニストであるように思われます。
第4位 Eric Lu
第4位に輝いたEric Luは高度なテクニックを持つ中国系ピアニスト。Kate Liuと同じくDang Thai Sonの門下生でもあります。
それもあってか、彼女とは公私共に仲が良いのだろうと言うことがSNSでもなんとなく伝わってきます。
かのまた手の大きさを生かして、普通はペダルを使わなければならないところも、ノンペダルでレガートを実現できてしまうのは彼の大きな強みであるように思われます。
Op.10-8のようなテクニカルな作品もこの余裕、このクオリティーです。
第5位 Yike Tony Yang
彼もまたDang Thai Sonの門下です。
2015年のショパンコンクールはDang Thai Sonの暗躍もかなり大きなポイントでした。
Yike Tony Yangも本来は2020年のショパンコンクールを受けようと考えていたようですが、年齢制限緩和の恩恵を受けた一人です。
この年のファイナリストの中では、正統派と言いますか、比較的スタンダード寄りの安定した演奏をしていたように思われます。
ピアニストとして進化(深化)していく途中で受けたつもりだったようですが、本人にとっても望外の結果をもたらすことに。
第6位 Dmitry Shishkin
Seong-Jin-Choと並んで、この5年で印象的な活躍を見せるようになったのがDmiry Shishkin。
もうピアニストにとって理想の手を持っていると言っても良いのではないでしょうか。非常に細長い指をしています。
手と腕そのものの質量を活かして、非常に重厚感のある強い音をいとも簡単に鳴らすことができます。
おそらく現代でも屈指のテクニシャンであると思われ、細かいパッセージもお手の物。Op.10-2の演奏は歴代最速レベルなのではないでしょうか。
彼の演奏はとにかく安定感が物凄い。とりわけコンクールでは落とせないタイプなのだろうな、と思います。
ショパンだけでなく、ロシア物もかなり得意としているようで、おすすめです。(ラフマニノフのソナタ2番をどうぞ。)
Georgijs Osokins
このショパンコンクールで最も異彩を放ったであろうピアニストが、ラトヴィアからの刺客、Georgijs Osokins。
ハリウッドでもやっていけそうな風貌をしていますが、肝心のピアノの方も規格外のものを持っています。
まず演奏姿勢からして独特。通常では考えられないほど低い椅子に座っています。グールドの演奏スタイルを意識しているということなのでしょうか。
でも、このスタイルから彼にしか出せない音を出すから不思議です。「ピアノを芯から鳴らす」と言いましょうか。ただ音が強いのとは全く違います。
そして、ペダリングとルバートのかけ方がかなり個性的ではありますが、とてつもなく巧み。
ら
ただ本人は指揮者を目指しているそうですね。そのステップとしてピアノをまずは窮めたいということなのでしょうか。
ちなみに次のショパンコンクールにも参戦予定だそうですよ。
Szymon Nehring
彼は地元ポーランドの期待を背負ってファイナルまで勝ち進んだ、しっかりとした個性を持っているピアニストです。
具体的には内声の扱いが非常に巧みなのです。カツァリス2声も目指せるかもしれません。
この大会を通してショパンの練習曲Op.25を全曲演奏するという珍しい選曲をしたコンテスタントでもあります。
技術的な面を見れば、所々破綻しかけている部分もあったのですが、その表現意欲を買われてファイナルまで勝ち進んだのでしょう。
彼もまた次のショパンコンクールにエントリーしています。技術的にもかなり進歩しているように見受けられますし、優勝候補の一角なのではないでしょうか。
小林愛実
幼い頃からPTNAで金賞を取り続けるなど天才少女として知られていた彼女。彼女がファイナルまで勝ち進んだのは嬉しいサプライズでしたね。
もともと演奏中の派手な動きで知られていましたが、予備予選からの数ヶ月で演奏スタイルは大きく変わり、本大会ではすっかり大人の演奏に。
数ヶ月でこんなにも変わるのだなあと驚いた記憶があります。
お得意のOp.10-4など、堂々たる演奏を見せてくれました。
ただ、ファイナルは彼女の実力を出しきれたとは言い難い演奏だっただけに、2021年はさらなる進化を期待したいものです。(彼女もまた再挑戦組です。)
初の採点結果公表
2015年のショパンコンクールは審査員一人一人が付けた点数が全て実名で公開される、という画期的な試みがなされました。
1次予選:http://static.eu.chopincompetition2015.com/u299/i_etap_oceny.pdf
2次予選:http://static.eu.chopincompetition2015.com/u299/ii_etap_oceny.pdf
3次予選:http://static.eu.chopincompetition2015.com/u299/iii_etap_oceny.pdf
本選:http://static.eu.chopincompetition2015.com/u299/final_oceny.pdf
とかいろんなことがわかります。
そして気付いた方はいらっしゃるでしょうか。一次予選と二次予選ではYundi Liが審査を行っていないコンテスタントが多数見受けられます。
なんとYundiは友人の結婚式があるということで、その間の審査を放棄。これがちょっとした炎上を引き起こしました。
当時のYundiは本業のピアニストとしての活動に関しても明らかな練習不足で本番に臨むなど、よく燃えてはいたのですが、世界の舞台でもやってしまいましたね。
そんな一件があったYundiですが、次のショパンコンクールは審査を担当するのでしょうか、いかに……??
確かな足跡を残したピアニスト達

惜しくもファイナルには進めなかったものの、印象的な活躍を見せてくれたピアニスト達にスポットライトを当ててみましょう。
Luigi Carroccia
三次予選まで勝ち残ったイタリア人ピアニスト、Luigi Carroccia。
青柳いづみこさんは彼のことを「イタリアの叙情詩人」と評していましたが。まさにその通りです。
どちらかというと控えめに語りかけるタイプなのですが、そこには確かな説得力が伴っています。
彼の「舟唄」を聴いてみましょう。水の都ベネチアがあるイタリア出身ということもあってか、もう歌い方が堂に入っております。
ヴィジュアルもセクシー系イケメンの彼ですが、それでいてこんなに優しい音を奏でられるともう堪らないですよね←
Dinara Klinton
2007年ブゾーニ国際ピアノコンクール第2位、2013年パデレフスキ国際ピアノコンクール第2位など、実力は確かなのですが、いつもあと一歩のところで終わってしまう印象のある彼女。
残念ながらショパンコンクールでもファイナルに進むことはできませんでした。
彼女は技術面においてかなりのものを持っていて、ショパンの練習曲Op.25やリストの超絶技巧練習曲の全曲演奏を行っているほど。
このOp.10-1もお見事としか言いようがありません。
採点表を見ても、本当にファイナルまであと一歩だったようで……。
まあ、コンクールだけが全てではありませんから、今後もぜひ頑張っていただきたいものです。
Chi-Ho-Han
韓国といえばSeong-Jin-Choといったムードの大会でしたが、Chi-Ho-Hanも陰で健闘していた韓国人ピアニストであります。
- 2011年 シューベルト国際ピアノ・コンクール 第2位
- 2011年 テレコム国際ボン・ベートーヴェン・ピアノ・コンクール 第2位&聴衆賞
- 2014年 ミュンヘン国際音楽コンクール 最高位(1位なし第2位)&聴衆賞&特別賞
- 2014年 ジーナ・バッカウアー国際ピアノ・コンクール 第2位
- 2016年 エリザベート王妃国際音楽コンクール 第4位
見ての通り、様々な国際コンクールで上位を獲得しているスーパーエリートです。
彼もまた第三次予選で姿を消してしまいましたが、来年また再挑戦するようです。
Eric Luにも負けじと劣らない鮮やかなOp.10-8。
ノンペダルでキレの良いフレージングに仕立て上げたり、繊細な弱音を巧みにコントロールしたりと、はたまた内声で少し遊んでみたりと、その実力はやはり相当のもの。
遠くない将来Seong-Jin-Choにも負けない巨匠に化けている可能性大です。
最後に

さて、今回は2015年大会のショパンコンクールを振り返ってみましたが、いかがでしたでしょうか。
普段ならファイナルまで進んでも全然おかしくないような実力の持ち主が次々と姿を消すなど、ショパンコンクールの歴史の中でも特にレベルの高い大会であったに間違えありません。
2021年大会を楽しむためにも、皆さんも今一度YouTubeで色々なショパニストの演奏に触れてみてはいかがでしょうか。
最後に、2021年大会のコンテスタントについてはこちらの記事にまとめてありますので、どうぞ。

「なるシェア」を気に入った方は、Twitterに随時更新情報をアップしているので是非フォローして下さいね!